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レーシック、ICL、SMILEといった屈折矯正手術に関する各国の普及状況
本記事は米国の眼科専門誌 EyeWorld(Summer 2025) に掲載された記事の翻訳です。各国のレーシック、ICL、SMILEを中心とした屈折矯正手術の最新動向を眼科専門医たちの視点で紹介します。
最終更新日:2025/9/10

いまや日本の屈折矯正手術の70%はICLが占める ― 北澤世志博 医師(日本)

アイクリニック東京 院長の北澤医師は、日本における屈折矯正手術の現状について次のように語っています。

 

2023年、日本ではICL(眼内コンタクトレンズ)の症例数が全屈折矯正手術の約70%を占め、最多となりました。次いでLASIK(レーシック)が多く行われています。さらに2024年には、ツァイス社のVisuMax 800に搭載されたSMILE® proが薬事承認を取得し、今後SMILE®(角膜レンチクル術)の普及が広がるとみられています。

 

LASIK(レーシック)は米国のみならず世界各国で最も多く行われている屈折矯正手術です。しかし韓国では、SMILE®がもっとも一般的な屈折矯正手術です。

日本ではこの10年間でレーシックの症例数が減少傾向にあり、感染症事例の報告、美容外科系クリニックによる価格競争、ネガティブキャンペーンの影響といった背景があります。多くの日本の眼科医は、レーシックに対して“美容外科医による商業利用”という悪いイメージを持っており、その一方で、ICLの人気は急速に高まっています。

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また、患者自身がインターネットや口コミで情報を得やすくなったことも普及に影響しているといいます。

 

屈折矯正手術について調べている多くの患者は、ICLを“安全で信頼できる”と考えるようになっています。

 

さらに、EVO ICL®の登場によりICLの普及は追い風となります。

 

EVO ICL®は中央に小さな孔を設けることで、術後の白内障や緑内障といった合併症リスクを低減し、-3Dから-20Dまでの近視や-4Dまでの乱視といった、広い症例に適応できるようになりました。

 

ICLは白内障手術に使う機器があれば施術が可能です。(※)

 

一方で、日本ではレーシックから撤退する医師の数が増加の一途を辿っています。これは高額なエキシマレーザーの維持が難しいためであり、エキシマレーザーを新規に購入する医師の数はほとんどいません。

 

※ ICLの施術をする医師は別途STAAR Surgical社による認定が必要です。

新たな技術を学ぶ動きが、各国で広がっている ― ボリス・マリュギン 医師(ロシア)

IQ Laser Vision 創設者のマリュギン医師は、中国やロシアにおける屈折矯正手術の普及状況について次のように言います。

 

中国ではICL手術が巨大市場となっており、世界で最も多くの症例が行われています。これは人口の多さだけでなく、若年から近視を患う人の数が多いという背景があり、近視はアジア太平洋地域全体で拡大している問題です。

 

ICLの普及を加速させている背景には、EVO ICL®などの新しい技術によって、より安全で容易な手術を行えるようになり、術者が自信をもって施術できるようになったことが挙げられます。

 

一方、ロシアではICLの普及は限定的で、地元メーカーによる代替品が複数存在します。中国でもICLの成功を受け、類似の有水晶体眼内レンズが開発されていますが、まだICLほどの実績には至っていない状況です。

 

また、ロシアではSMILE®はあまり普及していません。

 

ロシアではフェムトセカンドレーザーを用いたレーシックが依然として主流です。その理由の一つとしては、レーシックとSMILE®の視力結果の差に、劇的な違いがあるわけではないためです。ただし、SMILE®は創部が小さくドライアイの発症リスクや角膜生体力学への影響が少ないと考えられており、SMILE®を好んでいる医師もいます。

 

企業やクリニックが積極的に広告を行っていることもあり、中国のSMILE®の普及率は80%以上に達している一方、ロシアでの普及率は約20%ほどにとどまっています。

 

マリュギン医師は、各国医師の教育や世代の違いが影響しているという話を聞きます。

長年レーシックを行ってきた医師たちは新しい技術への移行をためらう傾向がありますが、若い医師たちはSMILE®やCLEARといった新しい技術を積極的に取り入れています。一人でも多くの医師が、快適で自然な手術を行うため、教育は不可欠です。

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さらにマリュギン医師は、老眼世代において多焦点レンズがレーザー手術の強力な競合となり、レーザー手術よりも眼内レンズを患者に勧める外科医が増えているとも述べました。

 

アメリカでもレーザー屈折矯正手術の件数は伸び悩み、ICLへの関心が高まっています。

 

特に、若手医師の間でICLに関する技術習得をする動きが広がっています。

 

ただしマリュギン医師は、高額な手術費用が患者にとって大きな障壁となっている、とも述べます。

ICL、SMILEには大きな可能性がある ― ロバート・T・リン 教授(アメリカ)

カリフォルニア大学ロサンゼルス校 医学部 眼科学講座 Stein Eye Institute 教授のリン教授(アメリカ・カリフォルニア)はSMILE®やICLをはじめとする屈折矯正手術に精通しています。

 

SMILE®は切創が小さいため、術後6ヶ月間のドライアイ症状を発症するリスクがレーシックよりも少ないです。そのため私は、自分の患者の多くに、SMILE®を提供するようになりました。

 

SMILE®は、ほかにも高度近視におけるハロー症状がレーシックよりも少なく、屈折安定性が高いといった長所があり、これまでに2万5000眼を超えるSMILE®を行ってきましたが、再手術をしたのは1%にも達しません

 

リン教授はSMILE®の欠点についても語ります。

 

一方でSMILE®には、角膜のより深い部分を切除するため、レーシックよりもわずかに多くの角膜組織を削除することになる、といった欠点があります。

 

フラップを作らないことから、レーシックよりも残存角膜の強度が高いといったエビデンスもありますが、必要最低限以上の角膜組織をできるだけ傷つけないということは、とても重要なことなのです。

 

だからこそ、ICLが登場したのです。

 

EVO ICL®は、一切の角膜組織を削らず、取り外しもできることから、素晴らしい技術だと思います。

 

リン教授は、SMILE®が承認された直後から興味を持ち、SMILE®の術式を学ぶために中国に渡った経験があります。

 

そんなリン教授は、台湾や日本といったアジア諸国のSMILE®事情について、次のように語ります。

 

アジアには多くのSMILE®市場があります。2020年、台湾では市場シェアの95%はレーシックが占め、SMILE®は5%でした。現在では、台湾の屈折矯正手術市場の70%は、SMILE®が占めていて、レーシックは30%ほどです。また台湾では、ICLがまだ導入されていません。

 

リン教授によると、台湾市場におけるレーシックからSMILE®への移行は、マーケティングや臨床成績のほか、患者たちの口コミといった複数の要因が組み合わさった結果なのです。

 

またリン教授は、レーシックについて次のような見解を述べます。

レーシックは長年にわたって行われてきた素晴らしい手術です。患者からの要望もあります。ただし、SMILE®を行うには専用レーザーへの投資が必要です。もし患者がSMILE®を望んでいなければ、すでにレーシックの熟練外科医である医師がSMILE®に切り替える理由はありません。医師は患者にとって最善を尽くしますから、レーシックの方が得意であればレーシックを選びます。

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またリン教授は、強度近視患者に対しては、レーシックよりもSMILE®のほうが施術しやすいと説明します。

 

リン教授によれば、SMILE®はレンチクルが厚くなるほど除去がしやすくなるため、度数が強い患者に手術する方が容易な手術だといいます。

 

日本とアメリカの屈折矯正手術の希望者の近視度は、日本が平均-5.50Dであり、アメリカが平均-3.50Dです。

 

リン教授いわく、こういった背景から、SMILE®手術は、アジアの患者に対しては容易であり、アメリカの患者に対しては難しい傾向があるそうです。

 

リン教授はSMILE®手術について、次のように語ります。

SMILE®手術を導入してまもない時期は、SMILE®を行う患者をしっかり選ぶことが重要です。望ましいのは、レーシックでは十分な結果が得られない患者を選ぶことです。

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リン教授の患者のほとんどは、SMILE®の口コミを聞いて来院し、施術を希望するそうです。

 

リン教授は自身のクリニックを、SMILE®で知られる数少ないクリニックの一つであり、これまでに25,000件を超えるSMILE®手術を行ってきた、といいます。

 

一方、アメリカではSMILE®よりもEVO ICL®の方がマーケティングに力が入れられてきました。アメリカのICL市場の状況について、リン教授は次のように語ります。

ICLは2005年にアメリカで初めて承認されたが、当時は、あまり良いものとは言えませんでした。多くの症例数がある中で、白内障の発生割合が1%もあり、これは高い数字であったためです。その後、2022年にアメリカで承認された改良版のEVO ICL®は、一切の角膜組織の除去がなくなったことで、レーシックやSMILE®の適応外となった患者にとって、有力な選択肢の一つとなりました。ただしICLは、レーシックやSMILE®よりも費用が高額なのです。

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リン教授のクリニックでは、約25%の施術をICLが占めており、レーシックとPRKがそれぞれ20%未満で、残りはSMILE®が占めているそうです。

 

リン教授は、アメリカの屈折矯正手術市場には大きな可能性があることがコンタクトレンズ使用者の人口をみただけでもわかる、と言います。

 

リン教授によると、アメリカにはコンタクトレンズの着用者が非常に多く、そのうち10%が装用をやめているそうです。

 

最後にリン教授は、「アメリカには眼鏡をかけたくないと考える何百万人もの人々がいます。そして彼らはICL手術やSMILE®、レーシックといった手術の恩恵を受けることができる」と付け加えました。

関連企業からのコメント

リン教授は、屈折矯正手術市場の動向についてSTAAR Surgical社とZeiss社の代表に意見を仰ぎました。

EVO ICL(STAAR Surgical社)

STAAR Surgical社(アメリカ・カリフォルニア)は、アメリカ国外におけるEVO ICL®の成長や眼内レンズの普及は、眼内コンタクトレンズ手術が今後世界的に主流へと向かう兆しだ、と述べました。

 

アメリカでは、ICLの販売が2024年第4四半期に前年比22%増、通年でも19%増となり、屈折矯正市場全体の伸びを上回ったと報告しました。

 

アメリカの屈折矯正手術の全体件数は減少しているものの、EVO ICL®の需要は拡大の一途を辿っています。

 

STAAR Surgical社によれば、EVO ICL®は世界で300万枚以上が販売されています。

 

また同社は、眼科医がEVO ICL®を導入するための教育やトレーニングの機会を提供していくことを強調しました。

 

同社は、EVO ICL®の利点として、角膜組織や水晶体を切除する必要がないこと、可逆的であること、ドライアイを引き起こさないこと、といった安全性と有効性が示されていることを挙げています。

SMILE(Zeiss Medical Technology社)

Zeiss Medical Technology社(ドイツ・テューリンゲン)は、2011年に世界で初めて、2017年に米国で初めてSMILE®(角膜レンチクル摘出術、KLEx) を商業化した企業です。

 

Zeiss社が提供したデータによると、SMILE®の導入は急速に拡大し続け、2024年までに世界で 1,000万件以上の手術が実施されました。

 

また同社は、2021年に第2世代のフェムトセカンドレーザー・VisuMax 800を発売しました。

 

この装置で行われるSMILE® proは、ロボット支援を組み合わたフェムトセカンドレーザーにより、眼球回旋補正や位置合わせをより容易にしました。

 

同社は、今後は患者が自分に合った治療法を選べるよう、さまざまな選択肢を理解してもらうことが必要だと考えています。

 

同社によれば、SMILE®はその有効性と安全性が、500本を超える査読付き論文によって立証されています。

 

中国では屈折矯正レーザー手術の約3分の1をSMILE®が占めており、韓国では全屈折矯正手術の約80%を占めているとも報告しています。

参考文献